MESSAGE

小集団保育を通じた
“十人十育”の実現

代表メッセージ

といろきっず保育園(小規模保育)

子ども一人ひとりの個性を尊び、丁寧で応答的な保育の営みを

といろきっずでは、「十人十育」という保育理念のもと、子ども一人ひとりの個性を尊び、丁寧で応答的な保育の営みを大切にしています。「一人ひとりのために~」を大切にすることは、保育所保育指針にも書かれており、保育園であれば当然の目指すべきことだと思います。特にといろきっずは0〜3歳未満児の小規模保育なので、個人差や月齢差が大きく、小集団での活動の中でも個別的な関わりや対応が非常に重要になります。
しかしながら、実際の保育の現場において本当の意味でこの「一人ひとりのために〜」を実現することは簡単ではないと思っています。
保育の展開には指導計画や一日の時間の流れを見通した日課があり、その実践をするわけですが、子ども”たち”という「集団の活動」を前提にした計画です。当然計画通りに進めることが難しくなる場面が多々あります。

例えばお散歩のとき。
①一人の子どもの突発的な行動やちょっとした気持ちの動きへの応答を大事にしようとすると、「他の子たちが待たされる」。
②「ここで全体が止まると食事からお昼寝までの流れが遅れる」「職員の休憩回しがうまくいかない」「掃除が出来なくなる」。どんどん大人主体に思考が回転してしまいます。
③保育者の「こうしよう」が「こうしなきゃ」となり、結果として、ある一人の子の育ちにおいて大切な場面に気づいても、集団を動かすことが成立しなくなるので、それを優先できない。
このように先生たちが悩み苦しむ負のループが現場では起こります。

子どものペースに私たち大人が合わせる

子ども一人ひとりのために保育をするという事が、誰でも「そうするべきだ」と思うようなことなのに、なぜ難しくなるのか。
根本的な問題はどこにあるのか。私は、採用面接などで保育園勤務経験のある方によくこのことについて尋ねています。
 ・園の人員体制の問題・・・「手が足りない」「もう一人いれば」
 ・特に配慮が必要な子どもがいる・・・「その子に注意が引かれる」
 ・ある程度効率を取らないと「回らない」
概ねこれらがTOP3として挙がります。確かに一理あるとは思います。しかし、「子ども一人ひとりのため」の究極はマンツーマンな人員体制でしょうか。大人にとって手がかかる子だけを特別に対応すれば良いのでしょうか。保育園の生活の流れが「回る」ことが、子どもの最善の利益につながるのでしょうか。保育には正解がないと良く言われますが、私は、不正解はあると思っています。
「大人に合わせさせる保育」です。
これは良い保育ではない、というよりも保育ではないと思います。逆の言い方をすると「子どもに大人が合わせる保育」になりますが、それをさらに「子ども一人ひとりに大人が合わせる」という意味を込めたのがといろきっずの保育理念、『十人十育』です。

先のお散歩①②③をこの「十人十育」の理念に基づいて考えると、
①一人の子どもの突発的な行動やちょっとした気持ちの動きに保育者が丁寧に応答する。他の子たちはそれを見て、「何があったのだろう?」「自分も~」
そういった子どもの気持ちを他の先生が感じ取り、それぞれ話しかけたり、共感したり、一人の子の行動に巻き込んでいく。そうなれば、応答してもらった「他の子」も一人の子として主体になります。

②食事や午睡が後ろにずれるかもしれない。そうなることで失うものと、得られたはずの大きな育ちの機会の優先順位は?もうお腹が空いて機嫌が悪くなっている子がいるとなればお散歩グループを先帰りチームと、寄り道チームに分けます。そして寄り道チームが随分遅くなってしまっても、別に構わない。いつもとは少し時間がずれたところで、1歳でもリズムはすぐに取り戻せます。もっと、大事なことは?変化や生理的なリズムのズレに明らかな困難が見られる時期や性格の子だとすれば、先帰りチームに配慮します。子どもの気持ちを無視してまで休憩の順番や掃除のタイミングを優先する?(ただし、先生もしっかり1時間の休憩は確保)

③保育者の「こうしよう」は本来子どもの理解からはじまるもののはず。保育者が「こうしなきゃ」と考えるチームだと、子どもを大人に合わせさせる・従わせる保育に陥るおそれがあります。「こうなっちゃった。じゃあこうしようか」と、子どもの状況、様子、気持ちといった変化に応じてこそ保育と考えるチームであれば、子ども主体にした展開が広げられると思います。そして、その子どもに合わせて工夫を凝らしたり、新しいことを試したりする取り組み自体が保育という仕事の本当の面白さであり、やりがいにつながるのではないでしょうか。

0~2歳児の育ちで特に大切な
「自己肯定感」の根付きを

保育はチームワークが大事ですが、業務上の連携力以上に、「保育をどのように営むか」という先生たちの共通認識や雰囲気、考え方の方がより根底部分として重要になります。また、チームプレーなので、「●●しないと△△」「保育はこういうもの」と自身の価値観に子どもや保育の流れを当てはめようとする先生が一人でもいると、子ども主体の保育を実現するのが途端に難しくなります。だからこそ、保育理念は本当に重要で、園全体の文化と言えるまで浸透していなければならないと思います。

特に、0~2歳児の育ちで特に大切にしたいのが「自己肯定感の根付き」です。そのためには、子どもがやっていいことの多い、許容範囲が広い(危険を伴うことは別)居場所でなければならないと思います。主体的の反意語は「反応的」だとどこかで見ましたが本当にそう思います。

子ども主体の保育は、子どものためにこうしようと大人が作りそこに当てはめるものではなく、子どもはこうだからと当てつけて反応を見るものでもなく、子どもの一挙手一投足に丸ごと反応的に動ける文化、チームの力だと思います。そういった意味を実践に結びつけるために、といろきっずでは十人十育という保育理念を掲げています。
この想いに共感いただける方、是非一緒に子ども主体の保育を目指しませんか。

株式会社十色舎 代表取締役 福井 渉